1.クリティカルシンキング
<クリティカルシンキングについて>
- 朝川
- 私自身は先生から直接「クリティカルシンキングを用いて正しく考えるくせをつけなさい、その訓練をしなさい」と教わって、大学院時代にいくつも課題を提出しました。クリティカルシンキングを組織で活用していくとなると、当然練習をしなければいけないと思うのですが、先生は若い人たちに正しく学ぶ癖やクリティカルシンキングを含めた思考法はどのように伝えていらっしゃったのですか。
- 岸本
- クリティカルを日本語に訳すと批判的な思考というふうになっています。日本語の批判的というのは非常にマイナスイメージもありますが、欧米でクリティカルは、マイナスイメージではないのですよ。
- 朝川
- なるほど。
- 岸本
- 批判的というと、なんか耳障りが悪いでしょう。だけど基本は批判的、疑問を持つということが大事なのです。批判的というか、ここは疑問を持つ、疑問を持ってすべてに対応するといったほうが正しいと思います。だから、疑問を持たない人間はやはり考えていないと思うのです。
- 朝川
- なるほど。つまり「なんで?」という、素朴な疑問を常に持ち続けるということが大切ですね。
- 岸本
- それだけじゃなくて常識も疑わなければいけないわけです。常識が正しいということは絶対あり得ないから。
- 朝川
- 常識は、ずっとそれが常識じゃない、常に答えのない世界に飛び込むことになるわけだから常に疑いなさいと、先生の本に書いてありますね。
- 岸本
- これは当たり前なのですよね。企業の意思決定というのは未来のことを決めるわけでしょう。過去のことを決めることはないでしょう。すると未来のことを決めるということは unknown factor が多いわけです。
- 朝川
- そうですね、答えがないものを決めますから。
- 岸本
- だから特に経営者なんか、意志決定において常識を疑うという前提になると思うのですよね。過去のことは未来に必ずしもつながらない。特に最近の場合だといろいろな変化が、早くて大きくなっているなかで、過去をいくら分析してもうまい答えが出てくるとは思えない。
- 朝川
- そうなのです。先生の授業のパワポに、格言を用いた話が書かれてあって「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」(ビスマルク)ここまでは普通なのですが、先生の最後の1行に「経験は考えない」と書いてあるのです。ここに私はしびれていて、歴史を学べばいいのだという話はよく聞くけれども、「経験は考えない」つまり、それは過去のデータからだけで未来を考えることは違うとおっしゃっていたのです。
<過去を信じない・疑問を持つことの重要性>
- 岸本
- つまり、「過去を信じるな、参考にはしてもいいけれど信じるな」と言いたいのです。
- 朝川
- 「参考にしてもいいけれど信じるな」っていいですね。
言われてみると、そのとおりですが、日ごろの生活では、ついつい過去に引っ張られるケースが多いと思います。
- 岸本
- そういう意味では、例えば論語にしろ、老子にしても、それから西洋の哲学にしても、みんな、過去を学ぶことは必要なのですよ。そのなかでこの人はどういう考えなのかということを学ぶことが大事なのです。だから学んで参考にするのはいいのだけれど、それを絶対視してはいけないと思います。
- 朝川
- 絶対視というところがキーワードですね。やはりクリティカルシンキングも批判的に、それが本当に正しいのかということを常に自ら考えることが重要だと思います。
- 岸本
- 論語にしろ、老子にしろ、西洋のいろいろな哲学にしろ、クリティカルシンキングが身についていないと読めないですよ。すらすら、文章を読んで頭に入ったつもりでいるけれど、あくまで素通りなので理解したことじゃないわけです。やはり疑問を持って読まないと本当のああいう本は読めないのではないかな。
- 朝川
- 確かにいい本って対話しながら読みますよね。過去の先人と今、自分、こういうことなのだなと思いながら読むと、時間がかかりますが内容と対話できているので非常に深く先人と会話しているように進むのですよね。そう考えると、もしかするとクリティカルシンキングを学ぶ以前は、そういった見方ができていなかったのかもしれないです。
<未来を考える>
- 岸本
- 未来を考えるのは、企業経営だったら 10 年先を見ないといけないのです。そのときにいろいろなオルタナティブが出てくると思うの。それから要素も、いろいろな条件も出てくると思う。それをどうやって考えるか。そのときにクリティカルシンキングが非常に大事なのです。
- 朝川
- そうですね。
- 岸本
- 例えば、今、少子高齢化で 10 年先には本当に若い労働力が極端に減りますよね。
それから給与なんかも日本は非常に低いわけです。そうすると最低賃金なんかも 10 年先だったら 2,500 円ぐらいを想定しないといけない。そういうなかで企業経営はどうやっていけるのか、そこまで考えなければいけないのです。
- 朝川
- そうですね。嫌なことでも、起こるのであろう未来を想定しておくということですよね。
- 岸本
- うん、そうですね。
- 朝川
- 人口動態データからもわかりますし、先生が 10 年以上前に書いた本の中にも少子高齢化のことは書いてありますね。
- 岸本
- いろいろな面で朝川くんがやっているレジャー産業なんかも大きく変わると思うのですよ。嗜好も変わると思う。
- 朝川
- そうですね。
- 岸本
- 10 年前はまだパチンコは全盛だったと思うけれど、今はもうパチンコがずいぶんつぶれていますよね。
- 朝川
- おっしゃるとおりです。
- 岸本
- 続いてゴルフ場なんかもつぶれていますよね。
- 朝川
- はい。
- 岸本
- レジャーの多様化と、そしてもう一つ、レジャー自身が受け身になってきている。 USJ にしろ、ディズニーランドにしても受け身なのですよ。自分がやるレジャーではなくて何か他人から与えられるレジャーが受けている。
- 朝川
- セッティングしてくれたものを楽しむという形でしょうか。
- 岸本
- 誰かが設定してくれたものを見ることがレジャーなのですよ。だからそういう面では自分でやるレジャーというのはどんどん衰退していると思います。
- 朝川
- 本当ですね。
- 岸本
- だから、将来のことを考える上で、いわゆる環境変化というのは非常に大きくなっているし、その変化のスピードも速くなってくる、変化が大きくなっているという前提ですべての物事を考えなければ駄目なのですよ。変わってくると同時に、今のビジネスでいいのかと考え続けることが必要なのです。
- 朝川
- そうですね。もう変化しないということはあり得ないので、どうやって変化をするか、その変化に対していかに自分たちが変わっていけるかということを常に考えなければいけないと思います。
- 岸本
- やはり、新たなビジネスは創造しなければいけないのですよ。たぶん、今の多くの企業が新たなビジネス、次のビジネスを創造しないといけない時代になってきたと思う。私は、ソニー時代に出井さんと大賀さんとディスカッションしたことがありますが、そのとき(1970 年代)は、すでにソニーでは、もうハードは終わりだという認識でした。ソニーが電機メーカーでいる以上は、将来性はないという結論が出ていたのです。それで、ゲームだとか、ソフトウエアのほうに移っていったわけです。それに対して現場の人たちはすごく反対したけれど、特に大賀さんとか出井さんは押し切ったのです。それで今のソニーがあるのですよ。やはりハードウエアにこだわった松下が苦しんで、シャープやパイオニアなど、みんなつぶれたでしょう。ハードメーカーがハードウエアにこだわっているとつぶれていくわけです。だから常に新たなビジネスを創造していかなければいけない。過去こういうビジネスをやったからその延長じゃなくて、ビジネスがまだ安定している段階で次のビジネスを創造していかないといけない。これができない経営者は失格だと思います。
- 朝川
- 本当にコロナを経て、私の周りでも何人か会社を畳んだり、売却した方が、いらっしゃいました。やはり変化に対応できない企業や会社、人は少しずつメンバーチェンジされていくということになるのだということを本当に感じましたね。
- 岸本
- 経営者自身はどうなってもいいのだけれど、従業員はかわいそうですよね。そういう面では常に今までやっていたビジネスと違った新たなビジネスを創造していかなければいけない、クリエィティブに。これからの時代はこれが経営者の能力だと思います。
- 朝川
- そうですね。新しいものをつかみにいくために、どういったロジックが必要かとか、どういったマーケットに入っていくのかというところを、経営者はみんな臆病になるので、少しでも正解に近づけたいって思って、色々と学んでいるのですが、難しいですね。
<リーダー像・対話のためのクリティカルシンキング>
- 朝川
- 経営者・リーダーとして重要なこととはなんでしょうか。
- 岸本
- やはり、いろいろな面でダイアローグ、対話が重要なのです。従業員との対話、若い人との対話、これを忌憚なく、ディスカッションすることが大事なのですね。だから、今、リーダーは威張っていたら駄目なのですよ。今のリーダーは傾聴できるリーダー、最初決めるのはリーダーだけど、決めるにあたって、それがどうやって実現するのか、プロセスをどう考えるのか大変なのですよね。
- 朝川
- そういうときにクリティカルシンキングが必要なのですね。
- 岸本
- 大事なのは、そういう時に話す人たちがクリティカルシンキングを身につけていれば、非常に話がうまくいくのだけれど、それが身についていない人ばかりが話をしたら、全然かみ合わないと思うな。
- 朝川
- これから若い人たちも、新しいリーダーになっていく人たちも、クリティカルシンキングをまずきちんと学習しておくというのはもう最低限の九九みたいなものだということですね。
まだクリティカルシンキングの型ができていない人たちに対して、アドバイスがあれば教えてください。
- 岸本
- 例えば、一番の問題は日本の多くは「結論ありき」のことが多いのですよね、政治の世界でも。だから、多様的な考え方や、オルタナティブがなかなか日本の社会で育っていないのですよ。アメリカでもレベルの低い人は日本と同じように結論ありきという人もいるけれど、MIT の卒業生なんかも含めて、スタンフォードの卒業生なんかを見ていると、インテリジェンスの高い人は、ちゃんとオルタナティブができて、相手の意見を聞くスタンスを持っています。だから相手の意見をきちんと聞ける、正しく聞ける、そのためにもクリティカルが必要なのですよ。
- 朝川
- 疑問を持ちながら話を聞くということですね。
- 岸本
- 日本の社会は相手の意見をきちんと聞けなくて、先に結論ありきで相手の意見を否定してしまうのだけれど、そこが問題ですね。
- 朝川
- なるほど。つまり、若手の人たちにとっても、まず、相手の話を聞いて自分の結論だけ押しつけないようにすることが重要ですね。
- 岸本
- そういうときに、やはり理解するということが大事なのですよ。聞くのではなくて相手の言っていることを理解する。
<質問力>
- 岸本
- もう一つ、クリティカルシンキングを実践するには、優れた質問を投げかける能力が必要なのですね。実際、部下の育成、知識の正確な理解では、質問する力が能力になります。部下に考えさせるには、リーダーは常に部下に質問を続けられることが重要です。質問力は、問題の本質を明らかにし、深い洞察を得ることもできるので、自分に対する質問も必要です。
また、上位からの目線で下位を見下すようでは対話ができないのが当然でしょう。下位の人に自由に意見を言ってほしいと伝えても、用心して言わないことが普通でしょう。上位の者が上手な質問をして、下位の人たちが安心して答える雰囲気や答えやすい質問をできることが重要です。
質問に答えられる風土を作ること、質問の技術を磨くことが上位の者の基本的な役割と言えます。
- 朝川
- まだ日本にこういった考え方が根づいていないとはいえ、やはり、このクリティカルシンキングや疑問を持つという考え方、オルタナティブに結論ありきじゃないという組織をつくっていかなければいけないじゃないですか。
最初のうちはなんだかよくわからなくて、できなくてもやはり回を重ねていくと思考のやり方みたいなものができるようなるのでしょうか。それができるようになるには、やはり訓練ですよね、きっと。
- 岸本
- 訓練は大事。だから、欧米なんか小学校からやっているわけですね。