経営のロマン
<経営者はその成功を維持できるか>
- 朝川
- 高橋先生に私はどうしても聞きたい事がありまして・・・。高橋先生は様々な経営者をご覧になってきたでしょうが、経営者が成功した後に、冷静に
その成功を維持できるか否かはどこで決まるのでしょうか?
- 高橋
- そうですね、どこから話したらいいのかな。まず、色々な業種や業界の人と話したり、インタビューしたりする機会がたくさんありましたが、業界とは関係ないという結論です。
ポーター流に言うと、良いポジショニング、良い業界、良い業種で商売を始めるのが一つ必要条件としてあるのでしょうけれど、でも、それよりも、やはり
社長の力量というか、ものの考え方や経営に対しての姿勢のほうがよほど重要なのだろうというのが実感です。だからそういう意味では、自分の考え方は、
バーニーの組織能力(注:外部環境そのものよりも,外部環境に合わせて戦略を正しく実行できる内部資源を高めること)のほうに近いですね。つまり
仕事が好きかどうかとか、事業でやろうとしているミッションみたいなものを、本当に自分の一生を捧げるものとしてやっているかどうかの違いとしか考えようがない。例えば、経営者が銀座遊びに狂うのは、仕事以外に楽しい事が見つかってしまうからだと思うのです。もちろん人間だから息抜きみたいなものは必要ですけれども、それにのめり込むというのは、やはり仕事よりそちらが優先になるということなのでしょう。当然、利益を出すことも重要ですが、立派な経営者だと思う人は、世の中に対して一つ大きな価値をもたらしたいとか、高い次元の目的を持っているのです。重要なのは、
本当にずっと目的を求め続けていけるかどうか、それが好きかどうかということです。彼らは、別に禁欲的に銀座に行かないのではなくて、それよりももっと他にやる事、つまり仕事をとことんやるとか、自分が本来やりたい仕事を続けるために健康管理をやるとか、節制するとか、そういうことを自然と優先しているのではないかと思うのです。また、僕が親しくしている経営者の一人に、四国でユズポンなど、色々な商品を開発して、年商20億円ぐらいになった人がいて、その経営者は車が好きなので、一回、本店にポルシェできたことがあったそうです。そうしたら奥さんが「うちはね、一本、200円とか300円の商品を売って成り立っている所なのに、そんな外車で来るなんて、もう二度とそういうことはしないでほしい」と叱り飛ばしたそうです。そういう謙虚な気持ちというのも重要ですよね。やはりお客さんは見ていますから。
- 朝川
- そうですね。自分に謙虚さがないとまずいと思います。結局ドラッカーが言っていることは、要は
真摯でいなさいということじゃないですか。真摯でいるということは結構難しいものです。私も経営者としてはなるべく真摯でいたいと思っています。やはり自分自身で全部管理しようと思っても、自分が一番偉いと思った瞬間に何か壊れていく感じがするのです。USEIである程度出世していく人の条件は、
うるさい人です。やはりうるさい人がいた方が色々な風がふくので、結果的に旗がなびける状態になると思うのです。私は,その風に謙虚にふかれようと思っています。
- 高橋
- まず、うるさい人が存在できる環境をつくるというのは重要で、何もしゃべれないような雰囲気にしてしまえば、結局結果的に良い考えやアイデアは入ってこないですから。だから自分の周りに、いろいろクレームを言ってくる人が減ったというのは、経営者が知らず知らずのうちに、そういう環境にしてしまっているのでしょう。それにはことさら気を付けないといけません。
<USEIのロマン>
- 朝川
- ネスレの、オーストリア出身の経営者が成功の定義を話していて、一つが権力や名声や富を得ることと。二つ目が成果だと言っていました。彼は後者を求めていると言っていたのですけれども、私も成果を求めています。
仮に名声があるとしたら、それは成果の後にやってくるものであって、名声が欲しくて成果を取るのではなくて、成果の後に名声が来るのだと思うのです。私は今、もともと毛嫌いしていたこのビジネスをしているのですが、嫌いなビジネスを好きにしてみようという思いと、
安価で安心して遊べるほうが面白いという21世紀型のパチンコビジネスをつくるのだという、その思いが勝っているうちは、まともでいられるのではないかと思っています。
- 高橋
- なるほど、安価で安心できる21世紀型のパチンコですね。
確かに大人は、ホッとして気軽に、半分童心に戻って遊びたいと思っていますよ。
- 朝川
- そうですね、毎日来てほしいとは思わないですが、たまに選択肢のひとつとして気分転換に行けるようなお店が、生活圏の中にあったりするといいなという思いでやっています。
- 高橋
- そういう、
大人が安心して楽しめる時間を提供するというのは素晴らしいですね。
- 朝川
- はい。だから、多くのお客様が、一見華やかだけれど過度な利益を追求する同業者ではなく、ゴープラを選ぶ。私は、この業界の中でそういう存在になるという
ロマンを持っています。そのためにビジネスを科学する、つまり1円パチンコが1円
パチンコとしてビジネスが成り立つように、パチンコビジネスを因数分解して無駄をなくしていきたいと考えています。私は、そのチャレンジを楽しんでいます。
- 高橋
- それは、パチンコを健全な産業にして、昔のパチンコの楽しさみたいなものをつくりたいということですよね。
- 朝川
- そうです。
働いている人が家族とか大切な人に、「もし遊ぶなら、絶対ゴープラで遊ぶのが最もいいよ」と胸をはって言える会社にしたいと、そのロマンは無くさないようにしようと思っています。そのロマンが無かったら、そもそも私のいる意味が無いので、このロマンの旗は揚げ続けます。もしこの業界の悪い慣習に対しての怒りが無くなった時は、私が引退する時だろうと思うのです。
<大学経営のロマン>
- 嶋内
- 高橋先生は今、教育者、研究者であり、尚且つ副学長というお立場です。つまり,大学の経営者でもあると思うのですが、大学の経営で、一番大切にされている事は何でしょうか?
- 高橋
- 大切にしている事というと、一生懸命やっている人がちゃんと報われることですね。大学ですから、やはり
一番大切にしなくてはいけないのは学生です。学問とは、すぐには役に立たない事を研究することでもありますが、特に僕なんか経営とか経済学部出身なので、将来どういう能力が社会で求められるのかを、学校側が真剣に考えてそれに合った教育にしていかなければならないと思います。これからAIが入ってきて、ずいぶん変わっていきますよね。求められる能力がどんどん変わっていくので、その辺をどうやって見極めて変えていくかという部分で、学生がちゃんと教育を受けられるような環境をつくることは重要です。方向性を見つければそんな難しくないと思うのですが、
見つけた方向性に向けて、どうやって組織を変えていくかというのが一番難しいです。
- 嶋内
- 確かに、組織を変えることは難題ですね。
- 高橋
- 今やろうとしている事は、反対意見も、賛成意見も、色々な意見があって、それぞれ当然理由があるのです。結局、両方耳を傾けていると、何も決まらないので、どちらかに決めるしかないのですが、それには自分が信じていない事を相手に納得させることはできないので、自分が信じ込むしかないのです。
- 嶋内
- 差し支えなければ,「今やろうとしている事」について,お話しいただけますか?
- 高橋
- 今、国際化ということで、いろいろ取り組んでいて、
ロンドン大学との学位が同時に取れるパラレル・ディグリーのプログラムを始めています。導入して今年で3年が経過していますが、これには今でも反対する人がいます。なぜなら、リソースが限られている中で、新しい事をやるために、教員を割かなければならないとなると、新しいプログラム以外の教員の仕事が増えるなど、いろいろなことが起こるからです。でも、従来通りの、「ゼミを一生懸命やっていますから武蔵大学に来てください」というだけのメッセージではもう誰も聞いてくれないのです。だから、これから国際化社会になる中で、世界のトップ3に入るような大学の学位も取れますというプログラムを発信しようとしています。
- 嶋内
- 慶應義塾大学の経済学部なんかも,パリ政治学院とのダブル・ディグリープログラムをやっていますね。留学をする必要がありますが。
- 高橋
- 武蔵大学の場合は、
ロンドン大学のインターナショナル・プログラムを武蔵大学のキャンパスでやります。もちろん英語です。試験はロンドン大学の問題でそれをパスしなければなりません。ロンドン大学で必要な単位を積み重ねて得られるロンドン大学の学士号は全世界で共通の評価がなされます。武蔵大学でもそれぞれ単位を出すので、卒業までに4年と1カ月かかります。
ロンドン大学との話は武蔵大学が日本で初めてなのです。偏差値が高い大学は、大きい大学が多いので、大きい大学が動けないような事を武蔵大学はやっていくしかないのです。特に大学というのは、結果が出るまでに時間がかかります。卒業生を出すまででも4年かかるわけですから、成果となると、10年ぐらいかかります。会社の場合は、もう少し短い期間で結果を出して、その結果によってベクトルを変えるという方法がありますが、大学の場合は、なかなかうまくいかないです。だから自分が信じて、これしかないということで進めていくしかないですね。
- 嶋内
- そういう素晴らしい学位制度を作っても、学内で反対の声もあるということなのでしょうか?
- 高橋
- それはあります。今、すぐ大学がつぶれるわけではありませんし、今まで通りでも、当分の間、学生は集まりますから。
- 嶋内
- 大学として生き残るというテーマと関係してきますか?
- 高橋
- 生き残るというか,やっている以上は,より良いものにしたいと思います。それはトップになることとは別で,やはり夢があるということでしょうか。
夢がないと、やっていてもつまらないですよね。たぶん教員だけではなくて、職員も、
最後は楽しんでやれるかどうかにかかっていると思います。
- 朝川
- そうですね。武蔵大学が世界に羽ばたくというのは楽しみです。
<経営とは何か>
- 朝川
- USEIについて言えば、とりあえず今のところは生き残れたので、高橋先生がおっしゃるように、
今度はより良く生き残りたいという思いがあります。私たちも、店舗は少しずつ増やしていきますけれども、面が広がればいいというよりは、やはり地域において一定の価値ある存在になっていきたいと願っています。私たちのビジネスは、やはりその地域で愛されないと不可能です。そのために何をするか、まだまだやれる事はたくさんあると思いますね。
- 高橋
- やれる事は、たぶん無限にあるでしょうね。
- 朝川
- はい。でも実は、
やらない事を決めることも大事にしています。USEIの場合は1円パチンコなので「やらないことはできません」というところから入らないといけないのです。
- 高橋
- それは大学も同じで、やはりやり始めたら、「やれ食堂をきれいにしろとか、寮をやれ」とか言われます。きりがないですよね。まさに
やらない事を決めることが仕事です。
- 朝川
-
経営の根本とは何なのでしょうか?
- 高橋
- 結局、経営とは、いろいろなことを考えなければいけない。アイデア的なものや、戦略的なものは重要ですが、でもその前にもっと根本的なものがあります。例えば、生活のリズムをちゃんと守るとか、人に見られる機会が増えると、それなりに気を付けなければいけないことがあり、それがむしろ難しい。
ベン・ホロウィッツのHARD THINGSという本には、彼がなぜ偉大な結果を残せたのかについてのエピソードが書いてあります。彼はいわゆるロードショー(注:会社が自社の株式を売り出す際に機関投資家に向けて行う会社説明会)という大変なミッションを抱えていた時に、奥さんの危篤という不安材料が重なり、精神的な不安や忙しさのため、睡眠時間がほとんど取れない中でミッションをやり遂げたのです。その局面で、確かに、彼は簡単には真似できないような、様々な素晴らしい打ち手を出してきているのですが、でもそこを切り抜けられた根本にあるのは、精神力であり、やはりそれが一番のベースだと思いました。あと、SPRINTという最速仕事術について、Googleで働いていた人が書いた本の中に、要はどうやったら短期間で結果を出せるかというノウハウが書いてありますが、そこには、いろいろなタイプの人間を集めるという箇所があります。ミッションを行うためには、仕事に関係する7~10人が、すべてのスケジュールを1週間空けるというのが大前提なのですが、それが一番難しい。その後に書いているノウハウ的な事は普通です。結局、最速仕事術というのは、ノウハウ的なものではなくて、1週間そのために仕事を空けさせることができるかということが重要なのです。例えば、大学には、いろいろな教員がいますが、1週間そのためにスケジュールを空けさせ、しかも彼ら全員に首を縦に振らせるということが一番難しいのであって、その後の事は、真似しようと思えばできるのです。
本には、真似できそうな事はいっぱい書いてあるけれど、本当にそこから学び取って実行するとなると難しい。だから今までの話もそうで、経営でいろいろうまくいくためには、ミッションの方向性が正しいというのは前提であるけれど、やはり
好きであるとか、本当に信じているとか、自分のやっている事や、自分が到達しようとする事が何であるか、そこが一番大切なのだと思います。
- 嶋内
- なるほど、ありがとうございました。今日の対談では、朝川社長が高橋先生との出会いを大いなるヒントとして、今のUSEIがあるという繋がりが見えました。また、すごく良かったと思うのは、生き残る企業や、成功する企業には、
同じような特性があるとか、共通項があるという話が出てこなかったことです。ケースでは、一つ一つ事情が違うことを前提に、きちんと成功や失敗から何が読み取れるのかを研究していること、
経営においては、結局は信じ込んで、本気でやることが大切だということが、すごく腑に落ちました。
- 朝川
- 確かにその通りだと思います。今回、高橋先生がUSEIはケースとして面白いとおっしゃってくださいましたが、
私たちUSEIは今後もその言葉に値するビジネスをやっていきたいと思っています。本日はありがとうございました。
-
高橋先生プロフィール
1956年生まれ。北海道出身。
武蔵大学副学長・経済学部教授。専門はアントレプレナーシップ。 慶應義塾大学経済学部卒業、バブソン大学経営大学院修了。
主な著書には、『起業学の基礎』(勁草書房)、『地域活性化の理論と現実』(編著、同友館)などがある。グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)日本チーム代表などを兼任。
立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 兼任講師 2001年度~2016年度 担当科目:ケースライティング・ケースディスカッション